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ユニクロが3店舗を新設、ザンボアンガでモデストウェアを初投入

KEY POINTS

ニュースの要点
ユニクロがフィリピンで3店舗を新設します。9月25日のSMシティ・ザンボアンガはミンダナオで8店目で、フィリピンで初めて女性向けのモデストウェアを扱います。11月にニノイ・アキノ国際空港第3ターミナルの出発エリアと、ラグナ州のSMシティ・ヌバリに開きます。
この動きの意味
3店舗はいずれも性格が違います。地方都市、国際空港、そして首都圏南部の住宅地。同じ形式の店を並べるのではなく、場所ごとに形態と品揃えを変える形です。ザンボアンガでのモデストウェアの投入は、その象徴にあたります。
今後の注目点
モデストウェアが他の店舗にも広がるか。空港店の売れ方が国内店とどう違うか。SMシティ・セブの2層の大型店がいつ開くか。地方への出店が続くか。

ユニクロが、フィリピンで 3店舗を新たに開きます。あわせて既存店の増床と改装も進めます。

店舗時期位置づけ
SMシティ・ザンボアンガ9月25日ミンダナオで 8店目
ニノイ・アキノ国際空港 第3ターミナル11月出発エリア
SMシティ・ヌバリ(ラグナ州サンタロサ)11月首都圏南部

既存店では、SMシティ・マリキナが増床、SMシティ・カバナトゥアンが増床とセルフレジの導入、SMシティ・セブが1層の標準店から 2層の大型店へ転換、SMシティ・ジェネラルサントスが6月の地震からの復旧を経て再開します。

ザンボアンガで、品揃えを変える

いちばん目を引くのは ザンボアンガです。

この店で、ユニクロはフィリピンで初めて 女性向けのモデストウェアを扱います。肌の露出を抑えた衣服で、紫外線を防ぐ機能素材のヒジャブなどが含まれます。

ザンボアンガはミンダナオ島西部にあり、イスラム教徒の住民が多い地域です。同じ商品を全国に並べるのではなく、その土地の需要に合わせて品揃えを変えるという判断になります。

3つの店は、性格が違う

今回の3店舗は、狙う客が別々です。

  • ザンボアンガ:地方都市の生活者
  • 空港第3ターミナル:出発する国際線の旅客
  • ヌバリ:首都圏南部の住宅地

空港の出発エリアという立地は、滞在時間が限られ、荷物を増やしたくない客を相手にします。地方の大型店とは売れる商品も違うはずです。

つまりユニクロは、フィリピンで 店の形式を1つに揃えていません。都市の規模、旅行者か生活者か、どの地域かによって、形態と品揃えを変えています。

SMの中に広がっている

もうひとつ見ておくべき点があります。新設3店舗のうち2店、既存の改装4店舗のすべてがSMの商業施設の中です。

SMはフィリピン最大の商業施設運営者で、同じグループのオフィス事業ではVisaが拠点を2倍超に広げたばかりです。外資がフィリピンで面を取るとき、SMの不動産が受け皿になっているという構図が、小売とオフィスの両方で見えます。

ユニクロがフィリピンに1号店を開いたのは2012年です。日本の小売として、14年かけて地方とミンダナオまで店網を広げてきたことになります。

SOURCES / 出典

  1. PhilSTARメディア
    Uniqlo opening 3 new stores in Philippinesphilstar.com
  2. InsiderPHメディア
    UNIQLO tailors PH store network to where Filipinos shopinsiderph.com

参考(本文の補足)

  1. ユニクロUNIQLO Philippines

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#ユニクロ#ファーストリテイリング#小売#ミンダナオ#SM#モデストウェア#日系企業

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