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1,000万ダウンロードで課金者2万人、Kumuがユニコーンになれなかった理由

2020年に当社が取り上げたフィリピンのライブ配信アプリKumuは、累計1億ドル超を集めながらユニコーンになりませんでした。2021年に2,100万ドルの損失を出し、翌年それが3.7倍に膨らみ、従業員を半減させています。その6年をたどります。

1,000万ダウンロードで課金者2万人、Kumuがユニコーンになれなかった理由

2020年5月、PHILIPPINES STARTUPはKumuのシリーズA調達を取り上げました。500万ドル(約8億円)、登録ユーザー300万人。フィリピン発のライブ配信アプリで、当時この国でもっとも有望なスタートアップの一つでした。

6年後のいまも、Kumuは動いています。Google Playの累計ダウンロードは 1,000万超、レビューは13万6,000件。アプリの最終更新は2026年8月14日で、1週間前です。App Storeでの評価は5点満点の4.3で、2,900件のレビューが付いています。

ただし、ユニコーンにはなっていません。2023年3月に従業員を500人超から280人へ半減させ、自社制作番組から撤退しました。累計1億ドル超(約159億円)を集めた会社の現在地です。

集めたお金は、どこへ行ったのでしょうか。

なぜ、これほど早く資金が集まったのか

財閥3家がそろって出資した

2020年4月のシリーズAは500万ドル(約8億円)。金額そのものより、出資者の顔ぶれが異例でした。

財閥出資した会社
アヤラ家Kickstart VenturesGlobe Telecomの投資部門)
ロペス家ABS-CBN(民放最大手)
ゴコンウェイ家Summit Media(出版最大手)

フィリピンを代表する 3つの財閥がそろって1つのスタートアップに出資したことになります。ここに主導役のシンガポールVC Openspace Ventures、Gobi Core Philippine Fund、Foxmont Capital Partners が加わりました。

引用Esquire Philippines2020年4月15日
Esquire Philippinesの2020年4月15日の記事。見出しにアヤラ・ロペス・ゴコンウェイの3家の名が並んでいる
見出しになったのは調達額ではなく、出資した3家の名前でした。当時これがどう受け止められたかが分かります。Ayala, Lopez, Gokongwei Companies Join $5-Million Funding Round for Live Streaming App Kumu出所:Esquire Philippines(2020年4月15日) 該当ページ / 画像:Kumu

顔ぶれの中身が重要です。ABS-CBNは番組と出演者を持ち、Summit Mediaは雑誌とウェブ媒体を持ち、Globeは通信網と顧客基盤を持つ。資金だけでなく、視聴者を連れてこられる相手を株主にしていました。この構図が次の伸びに直結します。

シリーズAの時点で、登録ユーザーは300万人、1日あたりの配信は2万5,000本を超え、平均利用時間は1日1時間。資金の使い道として、ライブ配信を見ながら商品を買える「ライブコマース」の構築も掲げていました。

創業者は米国での売却経験を持って帰ってきた

その2年前、2018年12月のシードは120万ドル(約1.9億円)。設立から1年、アプリ公開から10か月の会社としては大きな額でした。

創業者の経歴が効いています。Roland Ros 氏はロサンゼルス生まれのフィリピン系アメリカ人で、カリフォルニア大学サンタバーバラ校を卒業しています。フィリピンに来る前は米国で 成果報酬型の広告(パフォーマンスマーケティング) の世界にいました。共同で立ち上げた Tracking202 は Bloosky Interactive に買収され、その後は Inc. 500 に入った Spark Revenue で事業開発を統括しています。

つまり 「ユーザーを大量に集める技術」を持った、売却経験のある起業家 がフィリピンで会社を作った、という構図です。同氏は当時の駐米フィリピン大使 Jose Cuisia 氏に勧められて帰国したと語っています。

共同創業者は Rexy Josh Dorado 氏、Andrew Pineda 氏、Clare Ros 氏の3名です。

調達の全体像

時期ラウンド金額投資家
2018年12月シード120万ドルSummit Media、Foxmont、Two Culture Capital
2020年4月シリーズA500万ドルOpenspace主導、Kickstart、ABS-CBN、Summit Media、Gobi Core、Foxmont
2021年6月シリーズB非開示Gentree Fund、Endeavor Catalyst
2021年10月シリーズC非開示General Atlantic主導、Openspace、SIG

シリーズB・Cはいずれも金額非開示のまま、累計1億ドル超に達しました。

資本はシンガポールで受けている

見落とされやすい点があります。資金を受ける器はフィリピン法人ではありません。

シリーズAの契約主体はシンガポールの Kumu Holdings Pte. Ltd. で、App Storeの販売者もシンガポールの kumumedia international pte ltd です。フィリピンの事業会社は KumuMedia Technologies, Inc. で、こちらがマカティに置かれています。

事業はフィリピン、資本はシンガポール。東南アジアのスタートアップでは珍しくない形です。海外の投資家にとって契約と持ち分の扱いが読みやすく、出口の選択肢も取りやすいためです。ただし裏を返せば、フィリピン発の会社が大型調達をするとき、その受け皿は国外に置かれるということでもあります。この国の資本市場に企業が育っていかない理由の一つが、ここにあります。

伸び方が、この国でしか起きない形だった

きっかけは、最大の民放が放送を止めたこと

フィリピンでは、テレビやラジオを放送するのに 国会が発行する「フランチャイズ」という営業免許 が要ります。25年ごとに更新が必要で、更新には法律の制定と同じ手続きを踏みます。つまり政治の判断が入ります。

2020年5月4日、フィリピン最大の民放 ABS-CBN のフランチャイズが期限切れになりました。国会が更新の手続きを進めなかったためです。翌5日、国家通信委員会が放送停止命令を出し、同局はテレビとラジオを止めます。7月10日には下院の委員会が 70対11 で更新を否決しました。委員会自身が「前回の免許で法令違反はなかった」と認めながらの否決です。8月末、同局は大規模な人員整理に踏み切りました。

タレントと番組は残ったのに、それを流す電波が消えたという状態です。

その受け皿になった

3か月後の2020年10月、Kumuは ABS-CBN の看板番組『Pinoy Big Brother』と組みます。参加者を一つの家に閉じ込め、24時間その様子を撮り続けるリアリティ番組で、2005年から続く国民的な人気番組です。

この提携だけで 10万人以上が新規登録し、App StoreとGoogle Playの両方でダウンロード首位に立ちました。2021年には、BIGO LIVE や TikTok を抑えてフィリピンで課金額1位のソーシャルアプリになります。翌年も『Pinoy Big Brother: Kumunity』で提携が続きました。

放送免許という政治的な出来事が、一つのアプリの成長曲線を作った。他国では再現しにくい伸び方です。

収益を支えていたのは、2万人だった

2023年5月、共同創業者兼社長の Rexy Josh Dorado 氏は e27 のインタビューで、収益構造をこう説明しました。

「わずか2万人の課金ユーザーが、私たちの経済圏に月あたり数百万ドルを生んでいる」

数百万ドルは、月に 数億円から十数億円 の規模になります。

収益の柱は、視聴者が配信者に贈るバーチャルギフトです。中国のライブ配信アプリが確立した方式を持ち込みました。配信者は受け取ったギフトをダイヤモンドとして貯め、5万ダイヤモンドで現金に換えられます。ほかに広告とソーシャルゲームの収入があります。

ダウンロード数と課金者数を並べます。

累計ダウンロード1,000万超(2026年8月・Google Play)
課金ユーザー約2万人(2023年5月・同社発言)
課金ユーザーの比率約0.2%

比率は編集部が算出したもので、時点も出所も異なる2つの数字を割ったものです。厳密な課金率ではありません。それでも桁は動きません。1,000万人が入れて、2万人が払っていた。

Dorado氏はこれを弱点ではなく強みとして語っています。勝者総取りではない事業なら、少数の熱心な層に深く価値を届けるほうが正しい、と。理屈は通っています。問題は、その2万人を支えるために残りの998万人を集め続けたことでした。

調達した1億ドルは何に消えたのか

売上は伸びていた。損失はそれ以上に伸びた

投資専門メディア DealStreetAsia の集計によれば、Kumuは 2021年に2,100万ドル(約33億円)の損失 を出しました。翌2022年、その損失は 3.7倍 に膨らみます。

売上が落ちたわけではありません。2022年は売上を伸ばしています。それを上回る速さで、販売費・管理費・金融費用が増えました。稼ぐほど、出ていくお金のほうが多い状態です。

何にお金を使っていたのか

2023年3月、Kumuは従業員を500人超から280人へ減らしました。Tech in Asiaの報道が挙げた原因は2つです。

コンテンツ提携への支払い。『Pinoy Big Brother』のような番組と組むには、放送局や制作会社に対価を払います。Kumuは自社でも番組を作っていました。視聴者を呼ぶために、テレビ局と同じ種類のコストを背負っていたことになります。

配信者への支払い。ここでいうインフルエンサーは広告塔ではなく、アプリ上で実際に配信してもらう人たち です。有名な配信者を呼び、留めておくために契約金や最低保証を払います。ギフトの取り分では足りないぶんを会社が負担する構造で、抜けられると視聴も落ちます。

どちらも「人を集めるための固定費」でした。当たらなかった大きな賭けもあった、と報じられています。

Roland Ros 最高経営責任者は従業員に、状況はさらに悪化しうると伝えました。そのうえで自ら辞める人には 「ソフトランディング」 を用意すると述べています。一斉に切るのではなく、退職を選んだ人に条件を付けて送り出す趣旨でしたが、具体的な条件は報じられていません。

当時は最高技術責任者が不在で、エンジニアリング部門が機能不全に陥っていたという証言もあります。同社は、ライブ配信が産業として成熟した中国からコンサルタントを招きました。

「攻めるのをやめて、生き延びることにした」

Dorado氏は同じインタビューで、環境の変化をこう振り返っています。

「コロナで人が家に閉じ込められたおかげで伸びた。だから経済が動き出したとたん、伸びなくなった。物価が上がって利用者の財布が苦しくなってからは、もっと厳しくなった」

そして方針の転換をこう言い換えました。「がむしゃらに伸ばすのをやめて、期限を切らずに生き延びることにした」

見過ごせない一文が続きます。「成長に本格的にお金を注ぎ込む前は、四半期で黒字を出したこともある」

黒字だった会社が、成長のために赤字を選び、その成長が止まったところで人員を半減させた。これは失敗の物語というより、資金が潤沢な時期に選ばれた戦略が、環境の変化で裏返った記録です。

いまのKumu

会社は残っています。2022年には漫画・ウェブトゥーンのプラットフォーム Penlab を買収しました。月間100万閲覧を超える規模で、同年9月に専用アプリを公開しています。ゲームにも足を伸ばしました。最高執行責任者の Arianne Kader-Cu 氏は、長期の目標を「手強いデジタルエンターテインメント企業になること」と表現しています。

従業員はおよそ272人。2023年に減らした水準のままです。

引用Apple App Store2026年8月23日取得
App StoreのKumuのページ。評価4.3、2,900件のレビュー、カテゴリはソーシャルネットワーキング
2,900件のレビューで評価4.3。ページは生きていて、アプリも配信を続けています。kumu - Livestream Community出所:Apple App Store(2026年8月23日取得) 該当ページ

ただ、公式サイトの会社紹介は、いまも シリーズBの投資家一覧で止まっています。2021年10月のシリーズCに触れておらず、5年近く更新されていません。

会社は動いているが、物語は2021年で止まっている。この落差が、いまのKumuの位置をよく表しています。

この1社が映すフィリピン市場

Kumuが集めた1億ドルという額は、いまのフィリピン全体と比べると意味が変わります。

フィリピンのスタートアップが集めた株式資金Kumuの累計調達額と、市場全体の半期調達額(単位:百万ドル
Kumu 累計(2018〜21年)
100
フィリピン全体 2025年上期
86.4
フィリピン全体 2024年上期
191

Kumuは同社発表の「1億ドル超」を100として置いた。市場全体は Kickstart Ventures と DealStreetAsia の共同レポートによる。期間が異なるため規模の対比としてのみ読む。

1社が3年で集めた額が、いまのこの国が半年で集める額を上回ります。2025年上期のフィリピン全体の株式調達は8,640万ドル(約137億円)、件数は15件でした。

Kumuは資金が潤沢だった時期の産物です。General Atlanticのような大手が、フィリピンの消費者向けアプリに賭けた。その条件は、いまありません。

象徴的なのは同じ人物の言葉の変化です。2020年にKickstart VenturesでKumuへの投資を担当した Joan Cybil Yao 氏は、「Kumuはフィリピン人のコミュニティ精神を独自に捉える道を作った」と述べていました。同氏はいま同社のゼネラルパートナーで、「2026年の最大の願いは流動性だ」 と語っています。投じた資金をどう回収するかが、業界全体の課題になりました。

日本企業がこの事例から持ち帰るもの

一つだけ挙げるなら、フィリピンの市場規模を、ダウンロード数や登録者数で測らないことです。

人口1億1,000万人、スマートフォンの普及、SNS利用時間の長さ。この国の消費者向けサービスは母数の大きさで語られがちです。Kumuは実際に1,000万ダウンロードを取り、それでも収益を支えたのは2万人でした。

見るべきは、支払う人が何人いて、なぜ払うのかです。Kumuの2万人は、フィリピン人配信者を応援したいという理由で払っていました。母数に課金率を掛ける計算では、この数字は出てきません。

ここに、この国で消費者向けサービスを作るときの いちばん高い壁 があります。使う人を集めることではなく、払う人を増やすことです。

もう一つ添えるなら、Kumuは潰れていません。縮んで続いています。東南アジアのスタートアップを見るとき、成功か失敗かの二択で見ると、この状態を見落とします。

次に見るべき数字

  1. 課金ユーザー数の更新値 — 2万人は2023年5月のものです。増減でこの事業の現在地が分かります
  2. 黒字化したかどうか — 2023年に方針を変えて以降の損益は公表されていません
  3. Penlabとゲームの寄与 — バーチャルギフト以外の収益が育ったか。買収から4年です
  4. General Atlanticの持ち分の行方 — フィリピン市場の出口の少なさが試されます
本記事の数字について

円換算は2026年8月21日時点のレート(1ドル=159円)による目安です。累計調達額は同社が2021年10月に公表した「1億ドル超」を採用しました(1億1,700万ドル(約186億円)という数字も流通していますが、集計サービスの推計です)。シリーズB・Cの金額は非開示。2021年の損失2,100万ドルと2022年に3.7倍は DealStreetAsia の見出しから取ったもので、本文は購読者向けのため売上の実額は確認できていません。「課金ユーザーの比率 約0.2%」は時点の異なる2つの公表値を編集部が割った参考値です。従業員数272人は人材データサービスの推計です。

SOURCES / 出典

  1. Kumu(Business Wire)企業公式一次情報
    Kumu Raises Series C Led by General Atlantic, With Over US$100m Total Funding to Datebusinesswire.com
  2. e27メディア
    How Kumu uses virtual gifting to make revenue as a livestreaming appe27.co
  3. Kumu企業公式一次情報
    Ayala, Lopez, Gokongwei Companies Join $5-Million Funding Round for Live Streaming App Kumublog.kumu.ph
  4. DealStreetAsiaメディア
    PH live streaming startup Kumu posts $21m losses in 2021dealstreetasia.com
  5. DealStreetAsiaメディア
    Philippines live-streaming startup Kumu's losses widened 3.7x in 2022dealstreetasia.com
  6. PHILIPPINES STARTUPメディア
    ライブストリーミングアプリKumu、Openspaceベンチャーズから約5億円を調達philippines-startup.biz
  7. Wikipediaその他
    Kumu (social network)en.wikipedia.org
  8. Google Play企業公式一次情報
    Kumu Livestream Communityplay.google.com
  9. The Philippine Starメディア
    Philippines startup funding reaches $86 million in H1philstar.com
  10. Apple App Store企業公式一次情報
    kumu - Livestream Communityapps.apple.com
  11. Rapplerメディア
    Globe, ABS-CBN, Summit Media join $5M funding round for livestreaming app Kumurappler.com
  12. Esquire Philippinesメディア
    Ayala, Lopez, Gokongwei Companies Join $5-Million Funding Round for Live Streaming App Kumuesquiremag.ph

参考(本文の補足)

  1. Tech in AsiaKumu's struggles: Layoffs, departures slash workforce by almost half
  2. KumuKUMU Founder Roland Ros on running a start-up, building teams, and performance marketing
  3. BusinessMirrorHouse panel votes 70-11 against ABS-CBN franchise application
  4. Committee to Protect JournalistsPhilippine Congress denies ABS-CBN news broadcaster's franchise renewal
  5. KumuAbout kumu
  6. adobo MagazineKumu launches Penlab app, showing off stories from Filipino comic book creators
#Kumu#ライブ配信#クリエイターエコノミー#ユニコーン#資金調達

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