フィリピンの貧困率が9.7%に下がっても、家計の見通しが過去最悪な理由
フィリピンの貧困率が統計史上はじめて1桁の9.7%になりました。同じ8月に、家計の見通しは調査開始以来もっとも暗い水準に落ちています。矛盾ではありません。2つのデータは別の時期を見ています。その差を分けて読まないと、参入判断も売上計画も外れます。

フィリピンについて、いま2つの正反対の数字が出ています。
ひとつは8月21日にフィリピン統計庁(PSA)が公表した貧困統計です。2025年の貧困率は 9.7%。統計史上はじめて1桁になりました。貧困線を下回る人口は1,108万人で、2023年の1,754万人から 646万人 減っています。国家経済開発庁のArsenio Balisacan長官は「はじめて、貧困線を下回るフィリピン人が10人に1人を切った」と述べました。
もうひとつは、同じ8月に出た2つの調査です。信用情報大手TransUnionの指数では、フィリピン人の信用に対する意識が過去最高になった一方で、家計の見通しは調査開始以来もっとも暗い水準に落ちました。経営者団体MAPは第2四半期のGDP成長率2.3%を受けて「2026年はもう閉じた章」と表現し、回復は2027年に持ち越したと総括しています。
統計史上もっとも豊かになった年の直後に、体感がもっとも暗い。この2つは矛盾しているのか。それとも、別のことを測っているのか。
何が改善したのかを分解する
所得が22%伸び、貧困線は5.5%しか上がらなかった
貧困率は「所得」と「貧困線」の差で決まります。今回はその両方が動きました。
| 2021年 | 2023年 | 2025年 | |
|---|---|---|---|
| 貧困率(個人) | 18.1% | 15.5% | 9.7% |
| 貧困率(世帯) | 13.2% | 10.9% | 6.4% |
| 貧困線を下回る人口 | — | 1,754万人 | 1,108万人 |
| 貧困線を下回る世帯 | 348万 | 299万 | 190万 |
| 貧困線(5人世帯・月額) | 11,998ペソ | 13,873ペソ | 14,634ペソ(約3.8万円) |
| 1人あたり平均年収 | 72,340ペソ | 85,291ペソ | 104,072ペソ(約27万円) |
2023年から2025年にかけて、1人あたり平均所得は 22% 増えました。同じ期間に貧困線は 5.5% しか上がっていません。物価上昇を吸収してなお、手元に残る購買力が増えたことになります。
この差が、646万人を貧困線の上へ押し上げました。
改善のペースが倍以上に上がっている
見落としやすいのは、変化の速度です。
PSA・家計所得支出調査(FIES)。伸び率は2021→23が17.9%、2023→25が22.0%(編集部算出)。
貧困率(個人)の改善幅は、2021年から2023年が2.6ポイント。2023年から2025年は 5.8ポイント で、倍以上に加速しています。所得の伸びも17.9%から22.0%へ上がっており、直近2年のほうが動きが大きい。
つまりこれは、長い時間をかけた緩やかな改善ではなく、直近2年に集中して起きた変化です。
世帯で見ると6.4%
個人ベースの9.7%より、世帯ベースの6.4%のほうが事業計画には使いやすい数字です。購買の意思決定は世帯単位で行われるためです。
2025年に貧困線を下回った世帯は190万。2021年の348万から、4年で 158万世帯 が貧困線の上に出ました。個人9.7%に対し世帯6.4%と差が開くのは、貧困世帯のほうが世帯人数が多いためです。
それでも体感が暗い理由
2つの調査は、別の時期を見ている
ここが、数字が食い違う理由の中心です。
今回の貧困統計は2025年の家計所得支出調査(FIES)にもとづきます。FIESは2年ごとの調査で、今回が拾った所得と支出は 2025年1月から12月まで のものです。
一方、家計の見通しが最低になったTransUnionの調査も、GDP 2.3%も、コメ価格の22%上昇も、すべて2026年に入ってからの数字です。
つまり両者は同じ国の別の時期を見ています。2025年に何が起きたかを示すデータと、2026年にいま何が起きているかを示すデータを、同じ画面に並べて比べていたというのが実態に近い。
Balisacan長官自身がこの点に触れています。
「足元の動きは貧困削減のペースを鈍らせるかもしれないが、これまでの成果が逆転する兆しは、いまのところ見えていない」
ペースは落ちる。ただし戻るとは言っていない。慎重ですが、いま手に入るデータとは整合しています。
貧困線のすぐ上は、まだ薄い
もう一つ、体感が追いつかない理由があります。貧困線を上回ったからといって、余裕ができたわけではないことです。
2025年の貧困線は5人世帯で月14,634ペソ。1人あたりに割ると月2,927ペソ、日本円でおよそ7,600円です。一方、1人あたり平均年収104,072ペソを月に直すと8,673ペソ、約22,500円になります。平均は貧困線のおよそ3倍(いずれも編集部算出)。
平均が3倍あるということは、貧困線をわずかに超えたところに人口の厚い層が残っているということでもあります。この層は、統計上は「貧困ではない」に分類されますが、食料価格が数%動けば家計が崩れる位置にいます。
フィリピンは食料価格が家計に直結する構造にあります。コメの価格は2026年8月上旬に前年同期比で 22% 上がりました。貧困線が5.5%しか上がらなかったのは、2023〜25年のインフレが落ち着いていたからです。その前提が崩れれば、同じ所得でも貧困線を下回る世帯が出ます。
2025年の改善は事実です。ただし、それが定着したかどうかは、次回のFIESまで確認できません。
日本企業がこの数字をどう使うか
一つだけ挙げるなら、「フィリピンは減速している」と「フィリピンの消費者層が厚くなった」は両立するということです。
2026年の減速を理由に検討を止めれば、2025年までに起きた構造変化を見落とします。逆に、貧困率9.7%だけを見て市場が良くなったと判断すれば、いま現地の家計が置かれている状況を読み違えます。
実務的には、問いごとに見る数字を分けるのが確実です。
| 問い | 見る数字 | 更新の頻度 |
|---|---|---|
| 中期的に市場の裾野は広がったか | 貧困統計(FIES)、世帯ベースの6.4%、1人あたり平均所得 | 2年ごと |
| いま売れるかどうか | 四半期GDP、消費者信頼感、食料インフレ | 四半期・月次 |
| 価格帯をどこに置くか | 貧困線14,634ペソと、その1.5〜2倍の層の厚み | 2年ごと |
参入や撤退の判断は上段、今期の売上計画は中段で見る。同じ「フィリピン経済」という言葉で両方を語ると、どちらかを必ず読み違えます。
次に見るべき数字
- 2027年公表の次回FIES — 2026年の減速が貧困率にどう出るか。9.7%が維持されるか、押し戻されるか
- 食料インフレ、特にコメ価格 — 貧困線付近の世帯を直撃する。8月の22%上昇が続くかどうか
- 世帯ベースの貧困率(6.4%)の地域別内訳 — 全国平均では、どこで厚みが増したのかが分からない
- 消費関連企業の実売 — 統計の改善が売上に出ているか。小売・外食・通信の四半期業績で確かめられる
貧困統計はフィリピン統計庁(PSA)の2025年家計所得支出調査(FIES)にもとづく報道値です。PSA公表資料の原本は確認できておらず、地域別内訳と食料貧困率(subsistence incidence)の2025年値は本記事に含めていません。「1人あたりの貧困線」「平均が貧困線の何倍か」「年ごとの伸び率」はPHILIPPINES STARTUP編集部が公表値から算出したもので、出典側が示した数字ではありません。円換算は2026年8月21日時点のレート(1ドル=159円、1ペソ=2.6円)による目安です。
SOURCES / 出典
- The Manila TimesメディアPoverty rate hits record low of 9.7%manilatimes.net
- Philippine Daily InquirerメディアPH poverty rate falls to single-digit low of 9.7% in 2025business.inquirer.net
- Philippine Statistics Authority(PSA)政府・規制当局一次情報Poverty Statisticspsa.gov.ph
- Philippine Statistics Authority(PSA)政府・規制当局一次情報Family Income and Expenditure Surveypsa.gov.ph
- Philippine Daily InquirerメディアFilipinos' perception of credit maturing — TransUnionbusiness.inquirer.net
- Philippine Daily InquirerメディアMAP sees little room for '26 PH growth to pick upbusiness.inquirer.net
参考(本文の補足)
- Philippine Daily InquirerRice prices surged 22% in early August
- BusinessWorldImproved knowledge boosts Filipinos' view of credit
- The Philippine StarMAP business outlook muted in Q4
同じカテゴリーのInsights
RELATED関連するNews
NEWSフィリピンの貧困率が9.7%と初めて1桁に、2年で650万人が貧困線を上回る
フィリピン統計庁(PSA)の集計で、2025年の貧困率が9.7%となり、初めて1桁台に下がった。貧困線を下回る人口は2023年の1,750万人から1,100万人へ減った。名目所得が2年で約22%伸びる一方、同期間の累積インフレは5%にとどまった。
日本のR&I、汚職問題を「一時的」としてフィリピンの格付「A-」を維持
格付投資情報センター(R&I)が、フィリピンの外貨建て発行体格付を投資適格の「A-」で据え置いた。見通しは「安定的」。一連の汚職問題による混乱は一時的とみて、2027年以降に成長率が5%程度へ戻ると予想している。
PLDT、携帯が衛星と直接つながる通信をバタンガスで実証
PLDTと携帯子会社Smartが、米Lynk Globalと組んで携帯端末が衛星と直接つながる技術の実証をバタンガスで実施した。地上網が止まった状況で緊急情報を届けることを狙う。競合のGlobeは6月にStarlinkと組んだサービスを商用化している。
